1973年と東日本大震災後の奇妙な共通点:マイナビバイトを数字で徹底解剖!

現在と強くリンクするような1973年(マイナビ設立年)の出来事

マイナビが設立された1973年は、東日本大震災後の日本と雰囲気というか世相が似ているんですよね。 キーワードは、エネルギー危機と省エネルギー、自然災害、食品汚染です。「まるで・・・」と思った方はさすがですね。

まずは、エネルギー問題。第4次中東戦争の影響でオイルショック。さらに、噂が騒動に拍車をかけたようです。「石油の供給制限による生産削減で物不足が発生するらしい」という噂で市民がトイレットペーパーや洗剤の買い溜めに走ってスーパー等が混乱。大手商社の買占めも起こったようです。東日本大震災後の日本のような状況でしたね。自分もガソリンには困りました。

そして、石油危機によって流行した言葉が、「省エネ」です。東日本大震災では計画停電がありましたが、1973年は、企業への石油電力供給が制限された結果、街のネオンは消灯、テレビの放送時間も短縮されました。

1973年と東日本大震災後の奇妙な共通点

3つ目は、自然災害に関するもの。海外ではイスランド・ヘイマエイ島の死火山・ヘルガフェル山が噴火しています。死火山なのにとビビッてしまいます。マイナビが設立された1973年は、関東大震災発生のちょうど50年後という節目。地震論議が盛んに行われました。また、小松左京さんの「日本沈没 上・下」(光文社カッパブックス)も出版されました。その内容は、日本列島が地殻変動により沈没してしまい、日本民族は流浪の民となるというSF小説です。ドキっとする内容です。

4つ目は、食品汚染。 3.11の震災後は、福島原発事故の影響による食品汚染が大問題となりました。1973年はちょうど公害が盛んな頃で、当時は魚介汚染が問題になっています。水産庁が全国八水域の魚介類に国の暫定許容基準を超えるPCBが含まれていると発表。厚生省も「危険な魚」が全国の主要魚市場に出回っていると発表。事後報告なのは、今も昔も変わりありませんね。また、水俣病裁判で熊本地裁がチッソの過失責任を認定し原告全面勝訴の判決も出ています。